今回の筑坂人では、3年次生の小田島誠慈くんの継続した探究活動への取り組みの様子と成果について紹介させていただきます。
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皆さん、こんにちは。3年の小田島誠慈と申します。
筑坂(つくさか)は「総合学科」の高校で、普通科高校の基礎学習と専門学科の技術習得を組み合わせた高校のようなイメージを持たれている方も多いかと思いますが、一番力を入れているのが「探究活動」です。2年次にはT-GAP(Tsukusaka-Global Action Program)」という授業でグループでの探究活動をし、3年次には個人での探究活動を「卒業研究」という仕方で論文にまとめます。
この度、私が取り組んだ探究活動について秋田魁新報に記事を掲載していただいたこと、また、厚生労働省主催の「戦後80年 記憶の継承作文コンクール」で優秀賞をいただいたことから、皆さんにこの1年間の活動(約半年間のT-GAP活動と卒業研究に向けた準備活動)の報告をさせていただけることになりました。最後までお読みいただけましたら幸いです。
秋田魁新報 電子版(2026年3月26日の記事)
https://www.sakigake.jp/news/article/20260325AK0030/
厚生労働省HP(2026年3月24日受賞者・作品発表)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_71775.html
探究活動テーマ設定のきっかけ
T-GAPのテーマを考えるにあたって自分が大切にしたことは、「今しかできないことは何か?」ということでした。そして、2025年が戦後80年の節目の年であることに注目し、小さい頃から父から聞いていた「シベリア抑留」についての探究活動ができないだろうかという思いに至り、「シベリア抑留と平和」というテーマで探究活動をすることにしました。
曽祖父が持ち帰ってきた手袋
上の写真は、新宿にある「帰還者たちの記憶ミュージアム(平和祈念展示資料館)」に展示されている、曽祖父がシベリアから持ち帰ってきた作業用手袋(レプリカ)です。
曽祖父は、孫にあたる私の父に時折シベリアでの抑留生活の過酷さを話してくれたそうです。昨晩まで一緒に話していた友人が翌朝となりで冷たくなっていたこと、息が凍るほどの酷寒の中で大きなノコギリを二人一組で引き合ってもなかなか木が切れなかったこと、食事は朝に配られるわずかな黒パンと水のようなスープだけだったことなど、幼い父には衝撃的な話ばかりだったそうです。帰還者たちの記憶ミュージアムを訪問した際、この手袋についての曽祖父の言葉が残されている資料を学芸員の方に見せていただきました。
「手袋を身に着けあの酷寒の中、雪に尻を冷やし、空腹に耐えて背を丸め、二人引きの鋸を引き合った伐採作業や、重い足を引摺って作業場に往復したあの姿が想い出される。この品はシベリヤでの苦労の想出とするため、ようやく持ち帰って大切に保存していた。」
シベリア抑留体験者の方々との出会い
2025年の段階で、シベリア抑留体験者の平均年齢が102歳であることを重く受け止め、現在ご存命の抑留体験者の方々のお話を伺いたいと思い、帰還者たちの記憶ミュージアム、全国強制抑留者協会、シベリア抑留者支援・記録センターの皆さんから情報をいただき、これまで4名の方々のもとに伺い、お話を伺うことができました。6月には呉正男さん(98歳、神奈川県在住、写真左上)、9月には西倉勝さん(100歳、神奈川県在住、写真右上)、年をまたいで2月には佐藤秀雄さん(99歳、東京都在住、写真左下)、春休みの4月には加藤源一さん(101歳、静岡県在住、写真右下)のもとを訪問しました。
成果物『未来に送りたいことば集』
T-GAPの活動の最終報告会が2025年11月8日(土)に校内で開催されました。発表ブースには帰還者たちの記憶ミュージアムからお借りした資料の他に、シベリア抑留体験者の方々の言葉の中で心に響いた言葉をまとめた『未来に送りたいことば集』を展示しました。『未来に送りたいことば集』には11名のシベリア抑留体験者の方々の言葉だけでなく、ご遺族や関係者の方々(13名)から寄せていただいたコラムも掲載することができ、それを読んでくださった方々からは、「シベリア抑留を通して平和を考えるきっかけになった」「もっとシベリア抑留について知りたくなった」というようなコメントをいただくことができ、約半年間のT-GAPの活動を感謝のうちに締めくくることができました。
卒業研究に向けた準備
T-GAPの活動を終え、年明けからは3年次の卒業研究に向けてのテーマ決めが始まりました。小さい頃から菌に興味があり、農業を専攻している私は、菌についての研究をするか、このままシベリア抑留についての探究学習をするか決めかねていました。しかし、様々な場所でT-GAPの活動報告をするうちに、いつしか自然な仕方で「シベリア抑留について続けて探究したい」という思いを抱くようになりました。それは、この活動を通して知り合い、支えてくださっている多くの皆さんの思いが私の背中を押してくれたからだと感じています。
卒業研究に向けての活動を前に行ったのは、ご協力くださった皆さんへのお礼まわりでした。遠方で直接伺えない方々には電話でご挨拶をしましたが、2月には活動で大変お世話になった福生市役所の職員の皆さんのもとを訪問し、加藤育男市長に活動報告させていただく時間も設けていただくことができました。また、関係者の方々からシベリア抑留に関するイベント情報をいただいたり、曽祖父と同郷で一昨年から語り部の活動をされている佐藤秀雄さんにインタビューさせていただいたりしながら、多様な面を持つシベリア抑留の実態を知ることができました。
春休みの探究活動
時間のある春休みには学期中にはなかなか行くことができない場所に行きたいと思っていたので、まずは秋田県の男鹿半島にある抑留回想平和祈念碑を訪問しました。記念碑を案内してくださった保存会の佐々木三知夫会長と秋田魁新報社の岡田郁美記者、地元・男鹿市の方々とご一緒し、いろいろなお話を伺うことができました。その後、秋田市にある秋田魁新報社に場所を移し、岡田記者が私の探究活動について取材をしてくださり、3月26日(木)の新聞で紹介してくださいました。当日は、国際教養大学で実施中の研修に参加していたのですが、研修で一緒だったスタッフの方が秋田空港のモニター「さきがけビジョン」に記事が紹介されているのを見て写真を撮ってくださり、研修に参加している同年代のみんなともシベリア抑留のことや平和について語り合うことができました。
男鹿半島にある抑留回想平和祈念碑は1992年に建立され、今年で35年目になりますが、保存会の方々のおかげで今もとても綺麗な状態です。祈念碑建立協力者の名前が彫られた石碑が後ろにあったのですが、なんと曽祖父の名前もそこにあって驚きました。一番上の写真はその時に曽祖父の名前を指したところを撮っていただいた写真です。曽祖父が祈念碑建立のために寄付をしていたことは祖父も父も知らなかったことで、曽祖父がひそかに後世の人たちのために平和を願っていたことを知り、私が生まれるずっと前からシベリアの方角を向いて立っている祈念碑を感慨深く思いながら見上げました。
春休みの後半は、活動でお世話になった全国強制抑留者協会の静岡県支部の皆さんと一緒に、静岡市在住の加藤源一さんのお宅を訪問し、貴重なお話を伺うことができました。特に印象深かったのは、過酷な収容所生活においても、人を思いやる温かなふれあいがあったという体験談を伺うことができたことです。「シベリア抑留」というと、寒さ、飢え、強制労働のいわゆる「三重苦」がメインで語られることが多いですが、そのような悲惨な状況下にあっても、人としての優しさを感じられる体験をされた方がおられるということを知り、感動しました。
今後の活動
曽祖父がシベリアから大切に持ち帰ってきた作業用手袋をきっかけに取り組み始めた探究活動ですが、本当に多くの方々のご協力があっての活動であることをしみじみ思います。その思いを「戦後80年 記憶の継承作文コンクール」に応募した作文にしたためました。コンクールの受賞者9名は硫黄島慰霊巡拝・戦跡見学という貴重な機会をいただけるとのことで、硫黄島は許可なしには訪問できない場所であり、戦争と平和について考える上でとても大切な場所の一つですので、今回いただいた機会を人生の糧にしていきたいと思っています。
卒業研究では、シベリア抑留体験者の方々の思いに一つ一つ丁寧に聴きながら、感謝の思いを忘れずに、シベリア抑留を通して考える平和について探究を深めていきたいと思っています。いつかその活動を皆さんにご報告できる日が来ることを願っています。






